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浦和地方裁判所 平成2年(行ウ)6号 判決 1993年5月17日

埼玉県南埼玉群白岡町寺塚二三二番地七

原告

広瀬功

右訴訟代理人弁護士

難波幸一

同県春日部市大字粕壁五四三五番地一

被告

春日部税務署長 高林進

右指定代理人

小礒武男

津田真美

小柳稔

菅村敬二郎

萩原一夫

佐野友幸

有賀捷一

星京一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、昭和六三年一二月七日付けでした原告の昭和六〇年分から同六二年分までの各所得税に係る更正処分(以下「本件各更正処分)という。)のうち、昭和六〇年分につき所得金額一八五万円、所得税額二万八三〇〇円、同六一年分につき所得金額一八九万六〇〇〇円、所得税額二万七九〇〇円、同六二年分につき所得金額一八〇万円、所得税額四万九七〇〇円を超える部分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、肩書住居地で電気工事の請負を業としている者であるが、その昭和六〇年分から同六二年分までの各所得税について、別紙1「課税処分経過表」記載のとおりの総所得金額及び所得税額の確定申告をした。

2  これに対して、被告が同別紙記載のとおり各更正及び過少申告加算税の賦課決定をしたので、原告は異議申立てをしたが、被告はこれを棄却する決定をした。

3  そこで、原告は国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同審判所長は平成元年一二月二五日、これを棄却する判決をした。

4  しかしながら、本件各更正処分はその手続及び内容のいずれにも瑕疵があり、違法である。

よって、原告は被告に対し、本件各更正処分のうち昭和六〇年分につき所得金額一八五万円、所得税額二万八三〇〇円、同六一年分につき所得金額一八九万六〇〇〇円、所得税額二万七九〇〇円、同六二年分につき所得金額一八〇万円、所得税額四万九七〇〇円を超える部分の各取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の各事実は認める。

三  抗弁

本件各更正処分は推計課税の方法によったものであるが、その経緯と根拠は次のとおりである。

1  推計課税の必要性

(一) 原告は青色申告書以外の申告書(いわゆる白色申告書)で申告する者であるが、被告が原告から提出された本件係争年分の確定申告書を調査したところ、いずれの年分についても所得金額は記載されていないものの、収入金額と必要経費が記載されていないため所得金額の算出根拠が不明であり、そのうえ、申告所得金額が他の同業者のそれと比較して過少であると認められた。そこで、被告は、原告については長期にわたりその所得税について調査をしていないことも考慮して、原告の本件係争各年分の所得税について調査をする必要があると認め、被告所部係官・上原俊夫(以下「上原係官」という。)にその調査を命じた。

(二) 上原係官は昭和六三年四月七日午前一一時四〇分ころ、ほかの一名の係官とともに、原告宅に臨場したが、本人不在であったので、「所得税の確定申告について所得金額等の確認のため調査にお伺いいたしましたが不在でした。つきましては四月一四日午前一〇時ころにお伺いする予定でおりますので、よろしくお願いします。なお、当日ご都合が悪い場合は電話等により担当者あてご連絡下さい。」と記載した「所得税の調査について」と題する書面を差し置いて帰署した。

そうすると、翌八日午後二時四〇分ころ、原告の妻・広瀬祥子(以下「祥子」という。)から上原係官あてに電話があり、「同月一四日は都合が悪いので、調査日については、後日連絡する。」旨の申し入れがあった。

そして、同月一八日午後一時一〇分ころ、祥子から上原係官に電話で、「原告が、翌一九日午前一〇時に訪問して貰いたい旨希望している。」との連絡があり、急な申出ではあったが、上原係官はこれを了承した。

(三) 同月一九日午前九時五五分ころ、上原係官はほか一名の係官とともに臨場し、原告に案内されて応接間に入ったところ、そこには久喜民主商工会事務局員・安藤某ら五人が待ち受けており、テープレコーダが用意されていた。そして、上原係官ら、やや遅れて原告及び祥子が着席すると、安藤はテープレコーダを作動させた。

上原係官らは、原告及び祥子に対し身分証明書を提示して来意を伝え、原告の昭和六〇年から同六二年分までの所得金額の確認をしたいので協力してほしい旨を告げ、併せてテープレコーダーの作動を停止するように求めた。そうすると、祥子は「どういうわけでうちだけに来るのか、その理由を知りたい。」などと言い、安藤は「確認なんていうのは理由じゃないんだ。」、「調べもしないうちから三年分などとはどういうことだ」などと語気鋭く言いつのった。上原係官らが原告に対し調査に関係のない第三者を退席させるよう求めたところ、祥子は「お世話になっているので、お願いして来てもらっている。」と言い、安藤は「頼まれたから来ているんじゃないか。とやかく言われる必要はない。」などと行って退席の求めに応じず、テープレコーダの作動も停止させなかった。

上原係官らが調査の理由について、「広瀬さんがどのように計算したのかその内容を確認したいということです。」と繰り返し説明したのに対し、祥子は「昭和六〇年分及び同六一年分は書類がない。」「昭和六二年分は私が請求書に基づいてそれなりにつけた帳面がある。」、「昭和六二年分は書類があるのでいつでも見せられる。」などと言うものの、右書類を提示する気配は全くなかった。

上原係官らは重ねて第三者が立ち会っているところでは、具体的な調査に入ることはできないので、第三の立会いのないところで協力して欲しい旨を要請したが、祥子は「どうしてですか。申告の際に見てもらっているんですよ。」などという主張を繰り返し、上原係官らが「あなたがいいと言っても、調査では必ず広瀬さんの取引先のこともお聞きしなければならないわけです。単に広瀬さんの秘密だけではなく、取引先の秘密にも関係するので、守秘義務があり、第三者の立会いのあるところでは、調査をすることはできないのです。」などと説明しても協力する姿勢を示さなかった。安藤らも「守秘義務とばかり言っているのでは進まないよ。」とか「第三者、第三者とは何だ。」などと口を挟んで上原係官らの説得に遮り、ついには祥子が「仕事を休んでばかりもいられない。土曜日や日曜日がだめなら、夜にでも来てもらうほかない。」などと言い出したので、上原係官らは、これ以上説得しても協力は得られず、具体的な調査に入れないと判断し、原告宅を辞去した。

(四) 上原係官は、同月二〇日、二二日及び二六日に原告宅に電話をかけたが家人不在であり、同年五月九日午後一時二〇分ころ電話したところ、原告の長男が電話口に出て、「原告は不在である。」と応えたので、上原係官は、やむなく祥子に連絡をとるためその勤務先である明治生命保険相互会社大宮東営業所あてに、「上原」と官名をはずして名乗り電話した。そのとき、祥子が離席していたため、電話口に出た者に連絡を依頼しておいたところ、同日午後五時ころ祥子から電話があった。上原係官が祥子に対し、再度「調査に関係のない第三者のいないところで協力してもらえませんか。」と説得しても、「何でうちなんかが調査されるのかわからない。」などと言うばかりで、これに応じようとはしなかった。そこで、上原係官は、「調査はその必要により続行する。」旨説明し、「原告本人が調査に協力する意思があるのかどうかについて、原告方は日中不在で連絡がとれないので原告の法から連絡をしていただきたい。」と言って連絡を依頼した。

(五) その後、原告から何の連絡もないので、上原係官は五月一八日午前一一時二〇分ころ、勤務先に電話して、祥子に対し重ねて第三者の立会いのないところでの調査に協力するように説得したが、祥子は「どうしていけないのか。」などと主張して調査に協力する姿勢を全く示さなかった。そこで、上原係官は、原告の協力を得て調査をすることは不可能であり、取引先に対する反面調査により取引の状況を把握し、所得金額を確認するほかないと判断し、祥子に対し、一週間ほどの間に原告から調査協力の申出がなければ、独自に調査を進展させることを原告に伝えてほしい旨を依頼し、祥子はこれを承諾した。

以上のとおり、原告があくまで調査に関係のない第三者の立会いを認めるように求めるなど、調査に全く協力しない状況の下においては、原告の収入、支出の具体的な実額を把握し、実額により原告の所得金額を算出することは不可能であるため、被告は、やむなく、独自の調査によって把握した原告の収入金額を基礎として推計により所得金額を算定したところ、原告の確定申告に係る各年分の所得金額がいずれも過少と認められたため、本件更正処分をしたものである。

2  推計課税の合理性

被告が算出した原告の本件係争各年分の事業所得の金額及び算出根拠は次のとおりである。

(一) 昭和六〇年分

収入金額 一四八八万〇六六〇円

原告の取引先を調査した売上金額であり、その内訳は別紙2「収入金額内訳表」(昭和六〇年分)記載のとおりである。

所得金額 六八五万二五四三円

事業所得の金額は、その年中の事業所得の金額に係る総収入金額から必要経費を控除した金額であるが、原告の必要経費が不明であることから、別紙5「同業者率表」(昭和六〇年分)記載のとおり、春日部税務署管内に住所を有する青色申告者で、原告と同種の事業を営む業者(以下「比準同業者」という。)の収入金額に対する所得金額(いわゆる青色申告の特典控除前の金額)の割合(以下、「同業者所得率」という。)の平均値四六・〇五パーセントを求め、これを収入金額に乗じて算出した。

(二) 昭和六一年分

収入金額 一〇八〇万七〇〇〇円

原告の取引先を調査して把握した売上金額であり、その内訳は別紙2「収入金額内訳表」(昭和六一年分)記載のとおりである。

所得金額 五一一万二七九一円

別紙3「同業者率表」(昭和六一年分)記載のとおり、比準同業者の同業者所得率の平均値四七・三一パーセントを求め、これを収入金額に乗じて算出した。

(三) 昭和六二年分

収入金額 一〇一二万九〇〇〇円

原告の取引先を調査して把握した売上金額であり、その内訳は別紙2「収入金額内訳表」(昭和六二年分)記載のとおりである。

所得金額 四六二万二八七五円

別紙3「同業者率表」(昭和六二年分)記載のとおり、比準同業者の同業者所得率の平均値四五・六四パーセントを求め、これを収入金額に乗じて算出した。

ところで、右同業者所得率を算出するために被告が採った比準・同業者の抽出方法は次のとおりである。

春日部税務署の管轄区域内に納税地を有し、原告と同種の事業を営んでいた個人事業者であって、次の(1)から(6)まですべての要件に該当する者を全部抽出した。

(1) 本件係争各年中、一年を通じて継続して事業を営んでいた者

(2) 右各年において、青色申告決算書を提出していた者

(3) 右各年分の収入金額が、次のとおり原告の右各年分の収入金額の二分の一以上、二倍以下の範囲内である者

昭和六〇年分については七四四万〇三三〇円以上、二九七六万一三二〇円以下。

昭和六一年分については五四〇万三五〇〇円以上、二一六一万四〇〇〇円以下。

昭和六二年分については五〇六万四五〇〇円以上、二〇二五万八〇〇〇円以下。

(4) 原材料の仕入がなく、かつ外注費若しくは給料賃金(所得税法第五七条一項に規定する青色申告事業専従者が支払を受けるいわゆる専従給与者を除く。)の支払のある者

(5) 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者

(6) 税務署長から更正処分又は決定処分を受けている者にあっては、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過している者並びに当該処分に対する不服申立て及び訴訟継続中でない者

次いでそれぞれの比準同業者について同業者所得率を算出し、これを単純平均して同業者所得率の平均値を算出した。

右算出方法においては、そこに被告の恣意が介在する余地はなく、したがって、右同業者所得率の平均値を適用して原告の所得金額を推計したことには合理性がある。

3  本件課税処分の適法性

被告が本訴において主張する原告の本件係争各年分の所得金額は前記2の(一)ないし(三)のとおりであるところ、本件各更正処分において被告が認定した所得金額は

昭和六〇年分 六七九万〇一〇〇円

昭和六一年分 五〇三万七六四二円

昭和六二年分 四二三万二九〇九円

であって、いずれの年分も被告が本訴で主張する金額の範囲内であるから、本件各更正処分は適法である。

ちなみに、被告は、本件各更正処分により原告が納付すべきこととなる本件各係争年分の所得税額(国税通則法第一一八条第三項の規定により一万円未満の端数切捨て)を基礎として、昭和六〇年分については同法第六五条第一、第二項により、同六一年分及び同六二年分については同条第一項により(ただし、昭和六二年法律第九六号による改正前の司法第六五条第一項を適用。)それぞれ算出した過少申告加算税を賦課決定したものであるから、右各過少申告加算税賦課決定処分も適法である。

四  抗弁に対する認否

1  推計課税の必要性について

(一)の事実のうち、原告が肩書住所地において電気配線工事業を営んでいる者であること、被告に対して本件係争各年分の所得税について青色申告書以外の申告書(いわゆる白色申告書)により、別紙1「課税処分経過表」記載のとおりの確定申告をしたこと、右確定申告書においてはいずれの年分についても収入金額と必要経費の記載がなかったことは認めるが、その余は不知ないし否認。

(二)の事実は認める。

(三)の事実のうち、安藤が「確認なんていうのは理由じゃないんだ。」、「調べもしないうちから三年分とはどういうことだ。」、「頼まれたから来ているんじゃないか。とやかく言われる必要はない。」と言ったこと及び原告が帳簿等を提示する気配を全く示さなかったことは否認、その余は認める。安藤らは原告から頼まれて同席していたのであり、上原係官らに対し、調査理由の開示を再三にわたって求めたが、上原係官らは、安藤らの退席を求めるばかりで調査に入ろうとせず、一方的に原告宅を辞去したものである。

(四)の事実のうち、祥子が「何でうちなんかが調査されるのかわからない。」などと言い、上原係官の説得に応じようとはしなかったことは否認、その余は認める。

(五)の事実のうち、祥子が調査に協力する姿勢を全く示さなかったことは否認する。

以上を要するに、被告は原告に対し、原告が求める調査理由の開示やその必要性については何も応えようとせず、原告が調査に協力しないという理由で、一方的に推計課税をしたものであり、本件においては、その必要性は存しない。

2  推計課税の合理性について

被告主張の本件係争各年分の原告の収入金額が取引先に対する調査によって把握されたものであることは不知。右収入金額のうち岸野電気株式会社からの分はいずれの年分についても認めるが、その余は否認する。

同業者所得率の平均値の算出経過については不知。後記のとおり、実額で把握できる原告の昭和六二年分の必要経費の金額からみても、被告の推計が合理性を有しないことは明白である。

3  本件課税処分の適法性について

争う。

五  再抗弁(いわゆる実額反証)

原告の昭和六二年分の収入金額及び必要経費の実額は以下のとおりである。また、昭和六〇年、同六一年分の各収入金額については、岸野電気株式会社以外のところからの収入はないことについては昭和六二年分と同様である。

(収入金額)

いずれの年分についても被告主張の収入金額のうち岸野電気株式会社からのものが原告の収入金額のすべてである。原告は同会社からの発注による工事のみを行っており、その他の工事は全く行っていない。したがって、同会社以外からの収入は存在せず、仮にあったとしても、同会社の工事を行っている他の業者の仕事を代わって行った際に生じた小額のものにすぎない。

(必要経費)

原告の昭和六二年分の必要経費は別紙4「必要経費明細表」記載のとおりであり、その内訳は次とおりである。

1 租税公課

原告はその業務に使用している自動車の自動車税として、昭和六二年五月三〇日に三万九五〇〇円を納付した。

2 外注費

原告は工事の一部を外注しており、その代金の合計額は四八〇万九二〇〇円である。

3 接待交際費

原告の受注先は岸野電気株式会社のみであり、同会社の関係者を接待することは円滑な受注の確保、事業の継続を図るうえで不可欠であり、飲食物を購入して同会社の関係者に供したり、又は飲食店において接待した費用の合計額は、二五万六一九〇円である。

4 通信費

原告が取引先との通信に要した切手代の合計額は七万八八一〇円である。

5 広告宣伝費

名刺印刷代金の合計額は三六〇〇円である。

6 消耗品

原告は、昭和六二年において、株式会社昭電社から業務に使用する資材、道具、器具等を購入したほか、他の業者から軍手、工具、金物類等を購入した。その代金額の合計は二八万六四一二円である。

7 燃料費

原告は合資会社細井石油ガスから業務に使用する自動車のガソリンの給油を受けた。その代金額の合計は三一万九一九二円である。

8 地代家賃

原告は細井邦久から業務用の自動車を駐車するための駐車場を賃借している。その約定賃料は月額三〇〇〇円であり、年額は三万六〇〇〇円である。

9 諸会費

原告は久喜埼葛民主商工会の会員であり、その会費は年会費三万六〇〇〇円、特別拠出金五〇〇〇円、合計額四万一〇〇〇円である。

10 旅費交通費

原告は作業現場に往復する際高速道路を使用した。その料金は四七二〇円である。

11 支払保険料

原告は工事において事故が発生した場合に備えて傷害保険に加入しており、その掛金は五万二八〇〇円である。

12 雑費

原告の講読している新聞の代金は四万六一〇〇円である。

13 支払利息

原告は国民金融公庫から事業資金を借入れ、その返済をしている。その支払利息は一七万四五六九円である。

14 減価償却費

原告は別紙5「減価償却費の計算書」記載の減価償却資産を有しており、その減価償却費は同別紙記載のとおりである。

15 売却損

原告はその所有している自動車を売却し、売却損が発生した。その金額は七四万七三五三円である。

六  再抗弁に対する認否及び反論

原告が収入金額及び必要経費として主張する金額が実額であることは争う。

いわゆる実額反証における立証の程度としては、合理的な疑いを入れない程度の証明が必要であり、所得金額について実額を主張する納税者は、その主張する収入金額がすべての取引先からの総収入金額であること及びその主張する必要経費がその総収入金額と対応するものであることまでも立証しなければならないと解すべきである。

そして、一般に事業所得の金額に実額によって把握するためには、納税者が収入金額及び必要経費を明確に記載し、もって取引の実態を正確に表した諸帳簿の整理保存が不可欠であって、すべての取引先からの総収入金額及びそれに対応する必要経費のいずれもが右諸帳簿の直接資料によって明らかにされ、かつ、その記帳の真実性及び正確性が原始記録(売上げに係る請求書控え、領収証控え、仕入・経費に係る請求書及び領収証等)によって確認されなければならないところ、原告の実額反証についての主張は右の点に照らし、とうてい有効なものではあり得ない。まず、原告は、昭和六二年分の収入金額について、それが自己の収入のすべてであると主張することなく、被告主張の金額のうち岸野電気株式会社からの分のみを認め、同会社以外からの収入が仮にあったとしても、同会社の工事を行っている他の業者の仕事を代わって行った際に生じた小額のものにすぎないなどと、その主張する収入金額が自己の収入のすべてであることを否定するような陳述をしているばかりか、昭和六〇年分、同六一年分の必要経費については何の主張もしていない。また、収入及び支出の記帳の状況についても経費についての帳簿は存在せず、祥子が毎日ではないが一年分の支払を随時まとめて記載した大学ノートが存在するというのみである。しかし、その存在自体も疑わしいものであり、仮に存在したとしても、そのようなものでは、とうてい実額反証の基礎となる継続した会計帳簿とはいえない。さらに、その主張する必要経費についても、支出の事実を裏付ける書証のないもの、書証として提出された書面には明らかな改ざんの跡が見られるもの、私生活上の支出とみられるものなどがあり、こさが必要経費の実額であるとはとうてい認められないものである。

第三証拠

本件訴訟記録中の「書証目録」及び「証人等目録」に記載のとおりである。

理由

一  請求原因1ないし3の各事実(本件課税処分の経過等)は当事者間に争いがない。

二  そこで、まず本件各更正処分の適否について判断する。

1  推計課税の必要性について

いずれも成立に争いのない乙第一三ないし第一五号証、証人上原俊夫、広瀬祥子、の各証言及び原告の本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は青色申告書類以外の申告書(いわゆる白色申告書)で申告する者であるが、被告が原告から提出された本件係争各年分(昭和六〇年から同を六二年分まで)の確定申告書を調査したところ、いずれの年分についても所得金額は記載されていたものの、収入金額と必要経費の記載がなかったため所得金額の算出根拠が不明であり、そのうえ、申告所得金額が他の同業者のそれと比較して過少であると認められた。そこで、被告は、原告については長期間にわたりその所得税について調査をしていないことも考慮して、原告の本件係争各年分の所得税について調査する必要があると判断し、春日部税務署所属の国税調査官・上原俊夫(上原係官)にその事務担当を命じた。

(二)  上原係官は昭和六三年四月七日、ほか一名の係官とともに、事前の通知なしに、調査のため原告宅に訪問したが、原告が不在であったので、応対に出た原告の長男と覚しき人物に対し「所得税の調査のために伺いましたが、不在のためお会いできませんでしたので、改めて四月一四日午前一〇時ころ伺いますので、よろしくお願いします。その日に都合がつかない場合には電話等によりご連絡下さい。」と証した書面を交付し、帰署した。

そうすると、翌八日、原告の妻・祥子から上原係官あてに電話連絡があり、「指定の同月一四日は都合が悪いので、都合がよい日を改めて連絡する。」とのことであった。そして、同月一八日、祥子から上原係官あてに電話で、「原告が翌一九日午前一〇時ころ来てもらいたい。」と言っているということなので、上原係官は、急なことではあったが、これを了承した。

(三)  翌一九日、上原係官は、ほか一名の係官とともに、約束の時間に原告宅を訪問し、応接間に通されたが、そこには久喜民主商工会の関係者・安藤某ら五人が待機しており、テープレコーダーが用意されていた。そして、上原係官ら、数分遅れて、原告及び祥子が着席すると、安藤がテープレコーダーのスイッチを入れ、作動させた。

上原係官らは、原告に対し、身分証明書を提示して来意を伝え、原告は昭和六〇年分から同六二年分までの申告された所得金額について確認をしたいので協力してほしい旨を告げ、テープレコーダーの作動を停止させるよう、また、第三者がいたのでは調査に入れないので、退席させるよう求めた。しかし、原告はこれに応じず、祥子は、「なぜ、うちだけが調査されるのか分らない。」、「安藤さんらにはお願いして来てもらっている。」と言い、安藤は「頼まれて来ている。とやかく言われる必要はない。」などと言って、応酬した。また、上原係官は調査の理由について申告所得金額の算出根拠を確認するためであることを繰り返し説明したが、原告や関係者らは納得せず、祥子は原告が調査対象とされたことにしきりにこだわり、安藤やそのほかの関係者は「所得金額の確認などということは理由にならない。」などと言い、調査に協力する気配を示さなかった。その間の問答のなかで、祥子が、昭和六二年分については請求書などに基づいて記入した帳面があり、いつでも見せられると言うので、上原係官らは、それならば第三者の立会いのないところで見せてほしいこと、調査は原告の秘密に係ることばかりでなく、原告の取引先の秘密に係ることにも及ぶので、第三者の立会いを認めることはできないことを説明して、重ねて、第三者の立会いのないところで、調査に協力してほしい旨を要請したが、受け容れられず、存在するという帳面も提示されなかった。そこで、上原係官らは、これ以上説得しても協力は得られないと判断し、この日の調査を断念して、原告宅を辞去した。

(四)  その後、上原係官は、同月二〇日から同年五月一八日までの間に、何度も、原告宅や祥子の勤務先に電話をして、祥子との間で、関係のない第三者の立会いのないところで、調査に協力するよう説得したが、祥子は原告が調査の対象とされたことと第三者の立会いを拒否されたことにしきりとこだわり、従前からの姿勢を変えるような気配は全く示さなかった。そこで、上原係官は、原告の協力を得て調査をすることは不可能であり、取引先に対する反面調査により取引の状況を把握し、所得金額を確認するほかはないと判断し、これに従い、被告は、原告の取引先に対する反面調査に踏み切った。

以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、原告の本件係争各年分の所得金額については、原告から、これを実額で把握することが可能な帳簿書類及びその原始記録の提示がなく、税務職員による調査についても原告の協力が得られなかったわけであるから、被告としては、推計の方法による以外に原告の申告に係る所得金額に誤りがないかどうかを確認する方法はなかったということができ、したがって、本件各更正処分については推計の必要性が存在したというべきである。

2  推計課税の合理性について

いずれも成立に争いのない乙第三号証の一ないし四、第九ないし第一二号証、官署作成名義部分については成立に争いがなく、そのほかの部分については弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第四号証の一いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる第四号証の二ないし四、第五ないし第八号証によれば、被告が原告の取引先に対する反面調査によって把握した収入金額は、別紙2「収入金額内訳表」記載のとおり、昭和六〇年分が一四八八万〇六六〇円、同六一年分が一〇八〇万七〇〇〇円、同六二年分が一〇一二万九〇〇〇円であることが認められる。原告は、その本人尋問において、このうち岸野電気株式会社からの分以外の収入は架空のものであって、原告がそれぞれの取引先の関係者に頼まれ、領収証を発行してやったものである旨供述するが、ほかにこのことを裏付けるに足りる的確な証拠(たとえば、原告の収入を継続して個別、具体的に記録した帳簿)の提出がない限り、直ちに原告の右供述を採用していることはできない。

そして、被告は右各収入金額に比準同業者の同業者所得率の平均値を乗じて本件係争各年分の所得金額を推計したものであるところ、いずれも成立に争いがない乙第一、第二号証、証人真貝正樹の証言によれば、右比準同業者所得率の平均値は次のようにして算出されたものであることが認められる。すなわち、関東信越国税局長の平成三年一月一三日付け一般通達により、被告は、春日部税務署管内に住所(納税地)を有し、原告と同様「電気配線工事業」を営んでいる個人事業者のうちから、(1)歴年を通じて事業を継続し営んでいた者であること、(2)その事業所得について青色申告書を提出していた者であること、(3)収入金額(雑収入を除く。)が昭和六〇年分において七四四万〇三三〇円以上二九七六万一三二〇円以下、同六一年分において五四〇万三五〇〇円以上二一六一万四〇〇〇円以下、同六二年分において五〇六万四五〇〇円以上二〇二五万八〇〇〇円以下である者、(4)原材料の仕入れがなく、かつ、外注費若しくは給料賃金(専従者給与を除く。)の支払のある者、(5)災害等により、経営状態が異常であると認められる以外の者であること、(6)税務署長から更正又は決定処分を受け、これに対して不服申立てをして係争している者でないこと、以上の要件に該当するすべての事業者を抽出したこと、そして、それぞれの事業者について本件係各争年分に係る収入金額、所得金額及び所得率を求め、その所得率を平均して、比準同業者の同業者所得率の平均値を算出したものであり、その算出過程は別紙3「同業者率表」に記載のとおりであること、以上の事実が認められる。

右事実によれば、右同業者所得率の算出のために抽出された比準同業者は原告と業種を同じくし、その事業地域、事業規模(収入金額)も類似しており、前記(1)ないし(6)の要件を具備する事業者のすべてが抽出されていることからその抽出作業には税務当局の恣意が介在する余地はない。したがって、ほかに的確な方法を見出し得ない本件においては、前記各所得金額に右のようにして算出した比準同業者の同業者所得率の平均値を乗じて所得金額を推計したことには合理性があるということができる。

3  本件各更正処分の適否

右のようにして推計した原告の所得金額は昭和六〇年分が六八五万二五四三円、同六一年分が五一一万二七九一円、同六二年分が四六二万二八七五円であるところ、被告が本件各更正処分において認定した所得金額は昭和六〇年分が六七九万〇一〇〇円、同六一年分が五〇三万七六四二円、同六二年分が四二三万二九〇九円であり、後者の金額は前者のそれの範囲内にあるから本件各更正処分は適法である。また、原告は、本訴においてその取消しを求めてはいないが、本件各更正処分と同時にされた別紙1「課税処分経過表」記載の各過少申告加算税賦課決定処分は、右認定の各所得金額に係る所得税額をもとにしてされたものであるから適法である。

三  次に、原告は昭和六二年分の所得金額について実額の主張をするので、この点について判断する。

元来、推計課税は、税務署長が居住者(納税義務者)に係る所得税について更正決定する場合において、この所得金額を実額で把握することができないため、収集した間接的資料によってこれを推計しようというものであるから(所得税法第一五六条)、いかにその方法が合理的なものであっても、推計によって算出された所得金額と実額との間には何かしかの差異があることは否定できないところである。そして、所得税は本来的には帳簿書類に基づき実額で把握される納税義務者の所得金額に対して賦課されるのであるから、推計によって算出された所得金額をもとにしてされた更正処分につき後に提起されたその取消訴訟において、原告である納税義務者の所得金額の実額が証拠上明らかになった場合においては、右推計課税の手続・方法に何らの瑕疵がない場合においても、推計によって算出された所得金額はその存在意義を失い、更正処分は少なくとも推計による所得金額が実額を超える限度では不適法となり、取消しの原因となると解するのが相当である。そうであるとすれば、右取消訴訟において原告がする立証はその主張の金額が実額であることを裏付ける十分なものでなけれはならず、多少なりとも、これが実額でないことについて合理的な疑いが存する限り、原告の主張は容認されないというべきである。

このような見地に立って本件をみるのに、本件訴訟において原告がした立証からでは原告主張の所得金額を実額と認めるには次のような点に疑問がある。

1  事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とされているから(所得税法第二七条第一項)、所得金額を実額で把握するためには、まず、これに係る収入を継続して個別的、具体的に記録した会計帳簿の存在が不可欠である。そして、この記録が他の会計記録、たとえば、現金出納帳の記録と突合され、領収証(控)、請求書(写)などの原始記録と照合されてはじめて、収入金額の実額が把握されるのである。ところが、本件においては、原告は、被告主張の金額のうち岸野電気株式会社からの分九六七万七〇〇〇円のみが収入金額の全部であるように主張する一方、仮にそのほかの収入があったとしても、それは右会社の工事を行っている他の業者の仕事を代って行った際に生じた小額なものであるとして、小額であるとはいえ、ほかにも収入があり得ることを容認する主張をするのである。そうであるとすれば、原告の主張自体からしても右会社からの分が収入金額の実額であるとは必ずしもいえないし、ほかに前述した会計帳簿及び原始資料等の提出は全くない。

2  所得金額を算出するために収入金額から控除される必要経費はその収入を得るために支出した費用をいうのであって、必ずしもその年中に支出した費用すべてをいうのではない。したがって、この費用と収益の対応関係を明らかにするためには、収入について前述したと同様、費用についても継続して個別的、具体的に記録した会計帳簿の存在が不可欠である。ところが、本件においては、原告は、昭和六二年中に支出した費用の領収証等(甲号各証)を提出するのみで、右会計帳簿の提出はない。したがって、右領収証等だけからではこれに係る費用支出が昭和六二年分の収入を得るために必要なものであったかどうかは必ずしも明らかではなく、現に、右領収証等のなかには新聞(「聖教新聞」、「赤旗」)購読料(乙第七五ないし第八〇号証)に見られるように明らかに原告の家庭生活に伴う支出とみられるものも含まれている。また、右領収証等及びその記載の金額は原告主張の必要経費の費目や金額と必ずしも一致していない。

以上の次第であって、原告がした主張・立証だけからでは原告主張の所得金額が実額であると認めることは困難であり、原告の主張は採用できない。

四  よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官小林敬子、佐久間健吉は填補のため署名押印できない。裁判長裁判官 大塚一郎)

別紙1

課税処分経過表

(1) 昭和六〇年分

<省略>

(2) 昭和六一年分

<省略>

(3) 昭和六二年分

<省略>

別紙2

収入金額内訳表

<省略>

別紙3

同業者率表

<省略>

別紙4

必要経費明細表

<省略>

別紙5

減価償却費の計算書

<省略>

<省略>

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